雇用調整助成金、申請時の留意点 梅田・特定社会保険労務士に聞く (Taxi Japan 367号より)

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社会保険労務士

型コロナウイルス感染症が拡大して全国に緊急事態宣言が拡大される中、外出自粛などで経済活動が停滞してタクシー需要は全国的に激減、乗務員を計画休業させてタクシーの稼働削減に取り組む事業者が増えている。乗務員の計画休業で活用が期待されているのが、支払った休業手当を助成する雇用調整助成金だ。

雇用調整助成金については、4月1日から6月30日までを緊急対応期間として位置付け、特例的に制度の拡充が行われており、例えば、中小企業が解雇を行わないで休業をした場合の助成率が10分の9にまで引き上げられているほか、残業相殺の停止、計画届の事後提出なども認められている。

その一方で、雇用調整助成金は提出書類が多くて煩雑なこともあり、申請を躊躇する中小事業者も多く、活用が進んでいない。

そこで、本紙では、都内を中心にタクシー事業者の雇用調整助成金の支給申請にも携わっている、特定社会保険労務士の梅田信利氏にインタビューを行い、雇用調整助成金を活用するに当たっての留意点などについて聞いた。

梅田氏は、雇用調整助成金の支給申請に関して「助成金というのは、法律に則った運営をしている会社に対して出す、ということが大前提なので、雇用調整助成金の支給申請においても、審査において違法な状態にあると判断される可能性があるものを極力無くしていく、という観点からのアドバイスをしている」と述べ、例として雇用契約書や就業規則のチェックと整備、深夜のタクシー需要激減で隔日勤務から昼日勤に変更した場合の1年単位の年間変形労働時間制の変更届の提出などを挙げた。 〈インタビュアー=高橋 正信〉

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提出する書類が多く煩雑


高橋 新型コロナウイルス感染症の影響で従業員を休業させて休業手当を支払った場合に活用できる雇用調整助成金は、提出書類が多くて煩雑だと指摘されています。具体的に雇用調整助成金の必要書類にはどのようなものがありますか。

梅田 計画届に必要な書類として、休業届実施計画、雇用調整事業所の事業活動の状況に関する申出書(添付書類として、売上が分かる帳簿等のコピー)、休業協定書(添付書類として労働組合がある場合は組合員名簿、ない場合は労働者代表選任書など)、事業所の規模を確認する書類(既存の労働者名簿および役員名簿)など。

支給申請に必要な書類として、①支給要件確認申立書・役員等一覧(計画届に役員名簿を添付した場合は不要)、②(休業等)支給申請書、③助成額算定書、④休業・教育訓練実績一覧表、⑤労働・休日の実績に関する書類(出勤簿や就業規則など)、⑥休業手当・賃金の実績に関する書類(賃金台帳のコピーや給与規定等)などがあります。

高橋 確かに提出書類が多いですね。

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雇用契約書の整備を


梅田 雇用調整助成金の受給のために提出する書類については通常時より簡素化されていますが、それでも私からすれば多いと思います。

必要書類には、例えば、雇用契約書も必要です。雇用契約書がきちんと整備されていない会社では、雇用契約書が必要になるので、雇用契約書を整備しておかなければなりません。

私が雇用調整助成金の支給申請を手伝っているタクシー事業者については、きちんと対応していただいているのですが、そうでない会社だと、雇用調整助成金が受給できないという場合もあり得ます。

雇用調整助成金の特例措置

助成金の支給申請と最賃問題


高橋 支給申請の前に添付書類に関する社内の整備が必要ということですね。

一方で、タクシー業界では歩合制賃金が主体ということもあり、営業収入が低い場合には、その地域の最低賃金に抵触するケースがあり、営収水準の低い地方を中心に最賃問題が大きくクローズアップされている状況です。助成金の支給申請にあたって、最賃抵触などの実態がある場合はどうでしょうか。

梅田 雇用調整助成金のベースとなる休業手当については、平均賃金の60%以上という規定があり、その平均賃金を算出するにあたって最低賃金をクリアしていないケースがあれば、いくら休業手当を支払っていても受給資格を満たすことにはならず、雇用調整助成金が支給されない場合も考えられます。

高橋 どういった形でチェックされるのでしょうか。

梅田 支給申請時に賃金台帳のコピーなどが要求されます。賃金台帳のコピーそのものは計画届の段階での必要書類には含まれていませんが、窓口となるハローワークが審査に必要な書類の提出を求める場合があるとされており、賃金台帳のコピーや給与規定、給与明細のコピー、さらにはシフト表などが請求される可能性があります。

高橋 最賃も含めて適法な労務管理が行われているか、どうかがチェックされるということですね。

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就業規則のチェックと届出


梅田 助成金の支給審査に必要な書類が追加的に請求されるという意味では、先ほど説明した雇用契約書の整備、10 人以上の事業所の場合には現行法令に対応した適法な就業規則への見直しなども対象になります。

高橋 タクシー会社によっては、何年間も就業規則を変更しておらず、法律や制度の改正に対応しないまま放置されているケースもあるようです。

梅田 そうした場合には、まず就業規則を現行法令に即して適法なものに変更して管轄する労働基準監督署に届け出ておく必要があります。見直しをしておかないと、審査段階で雇用調整助成金の支給要件を満たさない可能性が出てきます。つまり、雇用調整助成金の支給申請を出そうとすると、雇用調整助成金の申請だけでは済まない、労務関係の様々な手続きの必要性が出てくるというのが現実です。

高橋 助成金の支給申請のためには、その前提として、適法な労務管理が行われている、ということが必要ということですね。

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申請を出せばよい、ではない


梅田 その通りです。助成金の支給申請書だけを出せばよい、ということにはなりません。後々になって助成金が支給不可になる、というような事態にしないためにも、労務管理に関する様々な社内規定が適法な状態にあるか、どうかを事前にチェックして、前もって必要な見直しを行っておくことが肝心です。

高橋 実際に、社会保険労務士として、タクシー事業者の雇用調整助成金の支給申請を手伝った際に、特に苦労した点、また留意点としては、どのようなものがありますか。

梅田 例えば、タクシーの隔日勤務では1年単位の変形労働時間制を採用しているケースが多いのですが、通常は変形対象期間中の変更は労使合意があっても認められていません。しかし、新型コロナウイルス感染症対策に伴う特例措置として、変形対象期間中であっても変更が認められるようになっていますが、そのことを知らないタクシー事業者の方も多いように感じています。

私が雇用調整助成金の支給申請を手伝ったタクシー事業者のケースでは、新型コロナウイルスの影響で深夜のタクシー需要が激減したことから、それまでの隔日勤務主体の勤務体系から昼日勤中心に変更しましたが、そうした際には隔日勤務による1年単位の変形労働時間制から昼日勤に変更した旨の届出を管轄する労働基準監督署に出す必要があります。

雇用調整助成金の支給申請を出す際には、そうした手続きを事前に行って、後になって支給不可とならないように自社が適法な労務管理をしている状態にしておく、ということが留意点になります。

高橋 なるほど。

梅田 雇用調整助成金の支給申請では、変形労働時間制の届出までは求められていませんが、審査において「1年単位の変形労働時間制の変更は届出していますか」と聞かれる可能性があり、事前にきちんとしておく必要があります。

高橋 助成金の支給申請に関する実務という面から重要な指摘ですね。

ところで、雇用調整助成金については、以前は、事前に計画届を出してから休業、支給申請を出すという流れだったものが、新型コロナウイルス感染症対策に伴う特例措置として、計画届が事後提出(緊急対応期間の6月30日まで)でも認められるようになっています。一方で、雇用調整助成金は申請書類が多くて煩雑なこともあり、休業後に支給要件を満たしていないことなどが発覚して支給不可となるリスクを懸念するタクシー事業者も多いようです。

梅田 助成金というのは、法律に則った運営をしている会社に対して出す、ということが大前提なので、雇用調整助成金の支給申請においても、違法な状態にあると判断される可能性があるものを極力無くしていく、という観点からのアドバイスをしています。

高橋 それが基本ということですね。

ところで、休業する事業者が多い一方で、雇用調整助成金の支給決定件数が非常に少ないように感じています。何か理由があるのでしょうか。

梅田 私も雇用調整助成金の支給申請案件をいくつも抱えており、申請できる準備はしていますが、現時点で申請はしていません。その理由は、雇用調整助成金の制度が拡充されながらも何度も変更されるような状況にあるからです。

緊急対応期間である6月30日までの事後届出なので、制度が固まった段階で申請者の不利益にならないように対応したいと考えています。

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「みなし失業」の導入検討


高橋 雇用調整助成金が拡充される一方で、政府は、東日本大震災時に適用した「みなし失業」の制度についても、新型コロナウイルス感染症拡大の影響による企業の休業対策の一環として法改正などにより導入する方向で検討する意向を示しています。

「みなし失業」は、東日本大震災に伴う雇用保険の失業給付の特例措置として導入されたもので、災害救助法の指定地域にある事業所が、災害により事業を休止や廃止したために、労働者が休業したり、一時的に離職を余儀なくされたりして、休業中や事業再開後の再雇用が予定されている場合であっても失業給付を受給できるという制度で、事業主はハローワークに休業証明書(通常の離職証明書と同様の様式)を提出し、特例措置を受けるための手続きを行った上で、労働者に「休業票」(通常の離職票と同様の様式)を交付すると、労働者が「休業票」をハローワークに提出すれば、その後は通常の失業給付とほぼ同じ流れで失業給付を受けられるというものです。

この仕組みを新型コロナウイルス感染症拡大の影響による企業の休業や従業員の一時的な解雇などにも適用しようというものです。東京・ロイヤルリムジングループの金子健作代表が乗務員全員を解雇するにあたって意図した仕組みだとも言えます。

梅田 いま分かっているのは「みなし失業」を認める方向で政府が法改正などの検討を行うということだけなので、それ以上の詳細な制度の内容は現時点では不明です。ただ、雇用調整助成金と、「みなし失業」の制度が併用できるようになれば、企業と労働者の双方にとって選択肢が増えるという意味でもメリットは大きいのではないか、とみています。

高橋 ありがとうございました。

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社会保険労務士

 〈 略 歴 〉

梅田 信利(うめだ・のぶとし)

東京都葛飾区出身。58歳。

日本大学文理学部卒。貿易会社や不動産会社にそれぞれ5年間勤務した後、社会保険労務士事務所「東京総務代行」を開業し、今日に至る。特定社会保険労務士のほか二級建築士や宅建免許などを取得、さらに現職の葛飾区議会議員として3期目を務めるなどマルチな活躍で知られている。


 

次回Taxi Japan 368号 をお楽しみに!

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