タクシー運転手の健康 ~腰痛を克服しよう~ (Taxi Japan 347号より)

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第4回 座り過ぎと不健康

座り過ぎと疾病


最近、「座り過ぎ」は寿命を縮めると盛んに言われるようになり、長時間、運転座席に座る業務のタクシー運転手も、当然、他人事では済まされない。実際、「自動車の乗車時間が週平均10時間以上の成人男性は、週平均4時間未満の成人男性と比較して、冠動脈疾患死亡リスクが1.5倍高い」という結果を示した研究(Warren TYら,2010)や、少し古いところでは、運転手が車掌よりも不健康であったという調査結果もある。今から60年以上前、イギリスのモリス博士はロンドン市内を走る赤い2階建てバスの運転手と車掌2名について、心臓病のかかりやすさを比較し、運転手の方が心血管疾患(心筋梗塞や狭心症)を発症する率が2倍も高いことを突き止めた。運転手は当然のように座り続けていて、一方の車掌は立ったままでバスの中の階段を昇り降りしていたので、その差を生んだのは運転手の座り過ぎであったと考えたのだ。

運転手に限らず、一般の人においても座り過ぎは、肥満や糖尿病、高血圧症や心筋梗塞、脳梗塞などの様々な病気を誘発することが明らかになってきた。がんについても、座っている時間が長いほど罹患リスクが高く、特に、大腸がんでは座り過ぎによって30%、乳がんでは17%も上がる(早稲田大学の岡浩一朗教授)と言われている。巷では、日本人は世界一座り過ぎであり、そのためにオフィスではスタンディングデスクの導入が推奨され、海外でも、フィリピンでは国内企業の従業員に2時間ごとに5分の休憩時間の付与を義務付ける新たな規則の導入も発表された。

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座り過ぎが疾病リスクを上げる理由


では、なぜ座り過ぎは身体に悪いのか?

当たり前であるが、立っているより座っている方が楽である。裏返してみると、座っていることは運動をほとんどしていないことを意味する。座っていると、ほとんどお尻で体重を支えることができてしまうため、特に太ももやふくらはぎの筋活動が少なくなる。逆に、普通に立っているだけでも、人はバランスをとるために自然と重心移動を行い、太ももやふくらはぎの筋肉を使う。ましてや、頻繁に立ち上がったり歩いたりすれば、それは程よい運動になると考えられる。そのような状況では、ふくらはぎの筋肉は、ひざから下の血液を重力に逆らって心臓に押し戻すポンプの働きをし、酸素や栄養を送る全身的な血流を促進する。また、太ももにある大腿四頭筋(人体で最も大きい!)も活動するので、やはり全身的なエネルギー代謝が良くなり、糖の代謝に関わる機能や脂肪を分解する酵素が活性化し、糖尿病や肥満を予防する効果がある。

座り過ぎは、太ももやふくらはぎの筋肉が活動停止状態となり、全身的に血流やエネルギー代謝が悪くなるので、循環器系疾患や糖尿病・肥満の代謝性疾患のリスクが高くなる。さらに、血液の粘り気が強くなって血栓ができやすくもなる。もし血栓が血管に詰まれば、重篤な状況になってしまう。また、座り過ぎによるがん発症率上昇の仕組みは十分には解明されていないが、やはり身体の活性度が低くなるので、免疫力の低下が原因と推察されている。

座り過ぎが腰痛要因である理由


座り過ぎは、血流・代謝不足を要因とする疾病リスクに加え、肩や腰などの運動器の疲労を招く。椎間板内圧を検討した有名な論文(Nachemson A, 1966)には、通常の立位に対し、『良い』座位での椎間板内圧でも1.4倍、前傾した座位では1.85倍の圧がかかることが示されている。つまり、座ることは、下半身の筋肉にとっては楽であるが、脊柱にとっては負担が大きいのである。普通に座るだけでもそのような負荷があるのに、車両運転座席では通常の事務作業座位と比較して姿勢を変えにくく、いわば拘束された座位での長時間勤務となる。当然、脊柱周りの筋肉に負荷がかかり、腰部の血流が悪くなり、腰部に疲労を来たす。

座位のリスク

座り過ぎによる疾病や腰痛の予防


座り続けることが腰痛や様々な疾病の引き金となることが分かってきた。米国コロンビア大学医学部の研究チームは「30分ごとに立ち上がって体を動かすこと」を勧めている。その実践は、タクシー運転手にとって現実的には無理なので、可能な時に車両から降りて、背伸びや軽く背を反らす、ゆっくりと体幹を捻る(速く強く体幹を捻ると背を痛めやすいので注意が必要)、その他、足踏みなどして、脚の筋肉を使うと良い。数秒のそのような動作でも効果はあると考えられる。また、食事中や食後も腹部が圧迫されるような猫背で座ったままだと消化が悪くなる。食後の激しい運動はもちろん身体に良くないが、腹部の圧を『抜く』ような姿勢をとることが良い。

タクシー運転手は、健康を守るために最も簡単で効果の大きい方策『乗務時間を減らす』ことが、現実的には困難で、「座り過ぎ」を根本的に解消することはできないであろう。しかし、業務の合間に「車両から降りる」ことは意識があれば、できることなので、是非、実行してもらいたい。

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次回Taxi Japan 348号「全国で19モデルのMaaS実証実験 /令和元年は日本のMaaS元年に」をお楽しみに!

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